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広島地方裁判所 昭和55年(ワ)338号 判決

原告

横山守

被告

鼠家俊実

主文

一  被告は原告に対し、四二八万一四〇一円及びこれに対する昭和五五年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二八八四万四二七一円及び内金一四三八万〇九三〇円に対する昭和五五年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和四九年一二月三〇日午前一一時四五分ころ

場所 広島市中消防署日島結所前路上

態様 被告運転の普通乗用自動車が原告運転の普通貨客自動車後部に追突した。

2  責任原因

被告は本件加害車両の保有者で、自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 原告は、本件事故により頸髄損傷、頸椎後縦靭帯骨化症の傷害を負い、次のとおり入・通院治療を受けて昭和五四年一月三一日症状が固定した。

昭和四九年一二月三〇日から昭和五〇年五月二〇日まで

岡本病院に入院

昭和五〇年五月二一日から同年九月二〇日まで

広島赤十字病院(以下「広島日赤」という。)に入院

昭和五〇年九月二一日から昭和五一年七月一〇日まで

右病院に通院

昭和五一年七月一一日から同年九月一六日まで

右病院に入院

昭和五一年九月一七日から昭和五四年一月三一日まで

右病院に通院

(二) 原告の現症状に原告の後縦靭帯骨化が関与しているとしても、次の理由により、右の事情は原告の損害額算定にあたり考慮せられるべきではない。即ち、後縦靭帯の骨化は、無限に進行するものではなく、一定の時期には停止するものであり、原告の場合、骨化の進行が停止していたとも考えられるし、仮にそうでないとしても、本件事故に至るまでは何らの機能・神経障害もなく一般人と同様の生活を送つていたのであるから、今後も、後縦靭帯の骨化にもかかわらず通常の生活を営み得た蓋然性は高い。したがつて、本件事故と原告の現症状との間に因果関係のあることはもとより、症状に対する後縦靭帯骨化の寄与度を考慮し、それに応じ被告の負担すべき賠償額を減額することもできない。

(三) 損害各論

(1) 休業損害 金一一七五万二四七八円

昭和五〇年一月一日から昭和五四年一月三一日までの休業損害を原告と同一職場、同一職種の者三名の平均給与から算出した。

(2) 後遺障害による逸失利益 金一六三四万九三七九円

原告は本件事故により終身労務に服することができなくなつた。原告は、昭和五四年二月以降は年間金二三八万三五〇〇円の収入を得る(昭和五三年度賃金センサス企業規模計、産業計、学歴計、年齢六〇ないし六四歳の男子労働者の平均給与額)ことが期待できたから、昭和五四年二月一日から昭和六一年一月三一日までの逸失利益を算出すると、金一六三四万九三七九円となる(ただし、昭和五九年二月一日から昭和六一年一月三一日までは中間利息を控除し昭和五九年二月一日の現価を算出)。

(3) 入通院慰謝料 金五〇〇万円

原告の前記の入通院状況からして、その間の原告の精神的損害は金五〇〇万円相当である。

(4) 後遺障害慰謝料 金一〇〇〇万円

原告は本件事故による後遺障害のため廃疾者となり日夜苦痛に悩まされており、この精神的損害は金一〇〇〇万円相当である。

(5) 損害の填補 金一四二五万七五八六円

(ⅰ) 自賠責保険から後遺障害慰謝料として金五〇〇万円

(ⅱ) 休業損害の填補 金四八五万三六八八円

昭和五〇年一月一日から昭和五四年一月三一日までの休業補償として労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といい、これに基づく補償を「労災補償給付」という。)に基づき金四三八万五三六六円か、また、昭和五〇年夏期賞与分として広島ガス株式会社(以下「広島ガス」という。)から金四万四五三七円がそれぞれ支給され、被告から休業補償として金四二万三七八五円が支払われた。

(ⅲ) 既受領の障害補償年金等 金四四〇万三八九八円

(ア) 昭和五六年九月一日から昭和五八年七月三一日までの間に政府機関から受領した療養補償金一四一万四四九八円

(イ) 昭和五九年三月一九日までに受領した障害補償年金六三万二四五〇円、障害特別年金一〇万六九五〇円、障害特別支給年金二二五万円

4  よつて、原告は被告に対し、損害賠償金二八八四万四二七一円及びこれから後遺障害による逸失利益を除いた金一四三八万〇九三〇円につき訴状送達の日の翌日である昭和五五年四月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2記載の事実は認める。

2  同3(一)記載の事実のうち、原告がその主張のとおり入通院したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(一) 本件事故と原告の症状との間には因果関係は存しない。

頸椎後縦靭帯骨化症(以下「骨化症」という。)は、頸椎の後方部分が骨状に硬化する病気で、頸椎への負荷に基づく軽微な外力の繰返しに、老化現象の加わつたものであると解されており、急激に生じるものではなく、徐々に進行する病気である。原告は、本件事故以前からこの骨化症に罹患しており、普通人の第四・第五頸椎間で椎体と棘突起間の前後径は一三ミリメートルであるのに、原告のそれは骨化症のため最小五ミリメートルと狭小化をきたしていた。そのため、脊髄を圧迫して脊髄症状を呈しているのであり、原告の症状は本件事故に起因するものではなく、骨化症という原告の既往症の一態様と考えることができるものである。ところで、骨化症に基づく脊髄症状は、腰痛などから始まるものとされているところ、原告は本件事故の一年前、既に腰痛症のため通院治療を受けており、その時点で脊髄症状が発現していたものと推認することができる。また、五〇歳までは骨化症は増大するものであるから、原告の前記骨化状態からすれば、本件事故がなくてもいずれ現在の如き脊髄症状が発現していたものと推認することができる。

仮にそうでないとしても、原告の脊髄症状は、原告が骨化症に罹患していたため本件の如き軽微な事故(被告車は時速約三〇キロメートルで進行し、原告車に気付いて急制動した後追突したもので、衝撃はほとんどなかつた)により生じたものであるところ、このような特別事情の存する場合、加害者はその事情を予見し又は予見することのできる場合にのみ責任を負うと解されるが、被告は原告の骨化症を知る由もなかつたのであるから、本件事故と原告の頸髄損傷との間には相当因果関係はない。

(二) 被告は原告の全損害についての責任を負わない。

原告の症状は、骨化症という素因が主原因であることは明らかで、国が、労災保険法一二条の四に基づいて被告に対して求償金請求をしたのは、国が原告に対し保険給付として支払つた金額の約一割相当分にしかすぎなかつたことからしても、被告の損害に対する本件事故の寄与度は、一割にすぎないことが明らかである。

3  同3(三)(5)記載の事実は認めるが、同3(三)(1)ないし(4)記載の事実は否認又は不知。

三  抗弁

原告に対し損害の填補として支払われた金員は次のとおりであるが、右支払額は、原告が本件事故を契機として被つた損害額からその素因に起因するものを控除した残存損害額に充当されるべきである。

1  治療費関係 金六八六万七六二二円

(一) 岡本病院関係 金一四〇万一四二五円

治療費及び付添費合計であるが、自賠責保険及び被告により支払われた。

(二) 広島日赤関係 金五四六万六一九七円

原告は、昭和五〇年五月一六日から昭和五四年二月二八日まで広島日赤で治療を受けているが、その治療費の明細は不明である。しかし、昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までの治療費から一か月平均の治療費を算出すると、金五万三五九〇円となるので、前記期間中の治療費は、金二四六万五一四〇円となる。また、昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までのそれは金三〇〇万一〇五七円であるが、これらは全て労災補償給付として支払われた。

2  後遺障害補償金 金五〇〇万円

自賠責保険から支払われた。

3  休業補償 金四四七万一八六八円

労災保険法に基づき休業補償として金四三八万五三六六円(休業補償給付金三二八万九三六〇円と休業特別支給金一〇九万六〇〇六円との合計)が、広島ガスから昭和五〇年夏期賞与分として金四万四五三七円が、被告から休業補償として金四万一九六五円が支払われた。

4  障害補償年金等 金四四〇万三八九八円

労災補償給付として、療養補償金一四一万四四九八円、障害補償年金六三万二四五〇円、障害特別年金一〇万六九五〇円及び障害特別支給金二二五万円がそれぞれ支払われている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実のうち、昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までの広島日赤における治療費が金三〇〇万一〇五七円であることは認めるが、その余の事実は否認する。ただし、原告の広島日赤における治療費が全額労災補償給付として支払われたことは認める。

2  抗弁2ないし4記載の事実はいずれも認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、それをここに引用する。

理由

一  請求原因1及び2記載の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故と原告の脊髄症状との因果関係について

1  原告、被告各本人尋問の結果(ただし、原告本人尋問の結果についてはその一部)及びこれにより真正に成立したと認める乙第二七号証によれば、次のとおり認めることができる。

(一)  被告は、普通乗用自動車を運転して時速約四〇キロメートルで原告運転の普通貨客自動車に追従して進行していたところ、原告車に接近したため、左側に進路を変更して原告車を追い抜こうとしてバツクミラーで左後方を確認して左にハンドルを切つた時、原告車のブレーキランプが点灯しているのに気付いて急制動したが及ばず、自車右前部を原告車左後部に衝突させた。

(二)  原告は、停止中ブレーキを踏んでいたが、衝撃で足が外れ、人が歩く程度の速さで右前方に進行して対向車線に入り込んだため、被告と近くの消防署員とがこれを停止させた。

(三)  本件事故により原告車は左後部のターンシグナルランプが、被告車は右ヘツドランプがそれぞれ破損した。

以上のとおり認めることができ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右に認定した事実からすれば、本件事故は、比較的程度の軽い追突事故であつたと認めることができる。

2  いずれも成立に争いのない甲第三ないし第六号証、第八、第一六、第一七号証、第一九ないし第二一号証、乙第一号証証人岡本則昭、同松尾陽壮の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。

(一)  原告は、本件事故以前格別の体調異常はなく、普通一般の生活を送つていたものであるところ、本件事故直後に岡本病院へ入院してからの数日間は意識も混濁し、また、上下肢とも完全に麻痺していた。しかし、安静と頭部索引を中心とする保存療法とにより軽快し、歩行も可能とはなつたけれども、入院後半年近くを経た昭和五〇年五月時点においても、下肢には高度の歩行障害(痙性歩行)が上肢には巧緻運動障害があり、握力は左側が著しく減弱し、両上下肢共に病的腱反射が出ている状態であつた。

(二)  原告は、昭和五〇年五月二〇日岡本病院を退院し、翌二一日機能回復訓練を主目的として広島日赤に入院したが、症状に著変はないまま同年九月二〇日退院し、通院を続けていた。ところが、昭和五一年七月になつて上下肢の知覚障害が増強したため、主治医から再入院して手術を行うよう勧められ、同月一一日広島日赤に再入院し、同月二〇日椎弓切除術を受けたところ、知覚障害が軽快し、同年九月退院した。その後も通院して歩行、手指巧緻運動、筋力増強等の訓練を受けてきたが、昭和五四年九月一日、痙性歩行、四肢躯幹知覚鈍麻、頸部運動障害を残したまま症状固定とされ、機能回復の見込みはない旨診断された。その際の具体的な症状は、上肢運動機能は、箸を用いて日常食事しているがぎこちなく、下肢のそれは、平地では杖を必要としないが、階段では必要とし、知覚については、上肢、下肢及び躯幹とも相当な知覚障害があるというものである。なお、原告は、昭和五〇年六月五日にも一度広島日赤で、痙性歩行、左手指運動障害、左前腕知覚障害、左肩関節運動障害、頸部運動障害等を残存させたまま症状固定とされ、その際にも機能回復は望めないものと診断されている。

(三)  原告の広島日赤への通院頻度は、一週間に二度程度であつた。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  いずれも成立に争いのない甲第一三、第一四号証、乙第二、第三号証、前掲乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第三六ないし第三八号証、証人岡本則昭、同松尾陽壮、同中原進之介の各証言及び鑑定の結果によれば、次のとおり認めることができる。

(一)  人の脊髄はその大きさの個人差は少なく、ほぼ直径八ミリメートルであるが、これが直径一〇ミリメートルから二〇ミリメートルと個人差のある脊柱管(但し同一人でも頭部に近いほどやや大きい。)内を硬膜に包まれて通つている。そして、右の脊柱管前面を構成している頸椎後面に沿つて頸椎後縦靭帯が走つているところ、これが骨化する病気があり、これが増大進行すると脊髄を後方に圧迫し、これにより上下肢麻痺等の脊髄症状が生ずることがある。但し、後縦靭帯に骨化がある場合でも無症状のものもあり、症状発現の確率は、骨化による脊柱管の狭窄率、骨化の態様、患者の年齢に関係し、一般的に狭窄率が高ければ発病の可能性は高くなるが、狭窄率が四〇パーセントを超えると脊髄症状発現の確率が高くなる。また、骨化の態様には、頸椎後面に沿い上下に連続して骨化が進行する連続型と、頸椎椎体ごとに分れて骨化が進行し、骨化した後縦靭帯が連続していない分節型とがあるが、症状発現は連続型に多い。年齢については、骨化患者の年齢が低いほど将来症状が発現し易い。そして、脊髄機能は、緩徐な圧迫に対しては抵抗性が強いため、骨化が相当程度進行して脊柱管の径が狭まり、脊髄が圧迫されても、それが骨化のみによつて徐々になされる限り脊髄症状が発現しないことがあるが、そのような患者の脊髄は、極度の易損状態にあるため、頸部への軽微な衝撃、例えば歩行中の転倒やマツサージを契機として重篤な脊髄症状が現われることがある。頸椎後縦靭帯骨化症又は骨化のある人が外傷を受けて生じる脊髄損傷の治療方法は、安静を中心とする保存療法と骨化後縦靭帯の反対側の壁面を除去する椎弓切除術とがあるが、完全な治療は困難で、また、症状が慢性的に推移した結果、独立歩行が不能となつた場合には、治療効果を期待することはできないけれども、外傷による急性経過のものは相当の治療効果がある。

(二)  原告の脊柱管の径は、第四、第五頸椎間において一三ミリメートルで平均的な人よりもやや狭いところ、原告には連続型の頸椎後縦靭帯骨化があるため、脊柱管の最狭部が約五ミリメートルしかなく、約八ミリメートルの脊髄は、そこでは骨化した頸椎後縦靭帯のため扁平に押し潰された形となり、骨化後縦靭帯による脊柱管の狭窄率はほぼ四一パーセントであり、この程度脊髄が圧迫されると、臨床的には、他に外力が加わらなくてもそれだけで脊髄症状が出現することがある。

(三)  原告は大正四年一二月八日生で、本件事故当時五九歳になつたばかりであつた。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右1ないし3において認定した諸事実から本件事故と原告の脊髄症状との間の因果関係を検討するに、まず、原告は、本件事故に遭遇する以前は格別の症状を訴えてはおらず、通常に勤務していたのであるから、本件事故による頸髄への外傷が原告の脊髄症状の契機となり、かつ、その一因となつたことは明らかで、したがつて、原告の脊髄症状は、原告の頸椎後縦靭帯骨化症という素因にのみ基づくものであるとの被告の主張は採用できない。しかしながら、本件事故は比較的程度の軽い追突事故であつたこと、原告の脊柱管は脊髄症状の発現可能性の高い程度にまで狭められており、極度の易損状態にあつて、軽微な外力によつても頸髄損傷を生ずる状態であつたこと、からすれば、原告の脊髄症状には原告の右素因も競合しているものと認められ、本件事故と相当因果関係にある原告の損害を算定するにあたつては、原告に生じた損害から原告の素因に基づく部分を控除する必要があると考えられるところ、前1ないし3において認定した事実を総合考慮し、原告の損害に対する本件事故の寄与度を四〇パーセントと認めるのを相当と考える。なお、このように、原告の損害からその素因部分を控除すれば、被告による原告の素因についての予見可能性の問題は生じない。

三  原告に生じた損害額について

1  請求原因3(一)記載の事実のうち、原告の入通院経過は当事者間に争いがない。

2  前記二2において認定したところからすれば、原告の症状は、そこで認定した内容の障害を残したまま昭和五四年一月三一日固定したが、今後も右障害が改善される可能性はないものと認めることができる。また、そこで認定した原告の病状からすれば、原告は、右の症状固定時までは全く就労することができず、症状固定時以降はその労働能力の八割を喪失したものと認めるのが相当である。

3  休業損害

いずれも成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、証人高見裕夫の証言及びこれにより真正に成立したと認める甲第二四号証の一、二並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、長年広島ガスに勤務して昭和四八年に一旦退職し、再度特殊検針及び集金員(夜間における検針及び集金)として広島ガスに就職したが、給与は固定給及び歩合給であつて、その勤務期間は通常六五歳までであること、原告の本件事故前三か月間の平均給与は月額金一一万二一〇七円であり、広島ガスに勤務し、原告と同一職種に就いている原告と同一年代の者三名(大正一〇年、大正一五年及び昭和四年生)の右期間中におけるそれは金一一万九六六〇円であるところ、右三名の者の昭和五〇年一月一日から昭和五四年一月三一日までの平均収入は、賞与も含め金一一七五万二四七五円であること、をいずれも認めることができ、右認定に反する証拠はない。右に認定した事実及び前認定の原告の年齢(本件事故当時五九歳)からすれば、原告は、本件事故がなければ昭和五〇年一月一日から昭和五四年一月三一日までの間に右三名に準じた収入があつたものと認めることができるが、その程度は、原告の本件事故前における収入は、三名のそれの平均の約九四パーセントであり、また年齢も高いことを考慮し、原告の右期間中の収入は、三名の者の平均収入の九五パーセント即ち金一一一六万四八五一円と認めるのが相当である。

4  後遺障害による逸失利益

本件事故時における原告の年齢からすれば、原告は、昭和五五年一二月八日に六五歳となつて広島ガスを退職した後も、少なくとも原告主張の昭和六一年一月三一日(七〇歳二月)までは就労可能であると認められ、昭和五四年二月一日以降の収入は、年間金二三八万三五〇〇円(昭和五三年度賃金センサス企業規模計、産業計、学歴計、年齢六〇ないし六四歳の男子労働者の平均年収額)を下回ることはないものと認めることができる。そこで、右期間中の収入の昭和五九年二月一日における現価を求めると、金一六三四万九三七九円となる。したがつて、右期間中における原告の後遺障害による逸失利益はその八割の金一三〇七万九五〇三円となる。

5  入通院慰謝料

前記二2において認定した入通院状況からすれば、入通院慰謝料額は、金三〇〇万円を相当と認める。

6  後遺障害慰謝料

前記二2において認定した後遺障害の内容、程度からすれば、原告の後遺障害に対する慰謝料額は、金七〇〇万円を相当と認める。

7  治療費について

岡本病院における治療費は、附添費用も含め金一四〇万一四二五円であること及び広島日赤における昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までの治療費が金三〇〇万一〇五七円であることはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四二号証、前掲甲第四号証及び原告本人尋問の結果並びに当事者間に争いのない入通院経過によれば、原告は、岡本病院に入院していた昭和五〇年五月一六日初めて広島日赤で診察を受け、同月二一日同病院に転院し、以後同病院に入通院して治療を受けていることを認めることができる。ところで、昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までの広島日赤における平均治療費月額は、金五万六六二三円となるが、原告はこの間入院治療は受けていないのに対し、昭和五〇年五月二一日から昭和五四年二月二八日までの間には六か月以上入院治療を受けているところからすれば、昭和五〇年五月二一日から昭和五四年二月二八日までの間の平均治療費月額は、金五万六六二三円を下廻ることはないと認められる。そうすると、右期間中の治療費は、金二五六万八七九六円となる。

そうすると、治療費の合計額は、金六九七万一二七八円となる。

8  以上によると、原告に生じた損害の総合計額は、金四一二一万五六三二円となる。

四  原告に生じた損害の一部が自賠責保険、被告、労災補償給付及び広島ガスから支払われていることは当事者間に争いがない。

ところで、前二において述べたとおり、原告の損害のすべてが本件事故と相当因果関係があるものではなく、本件事故の寄与度はその四〇パーセントであるので、損害の填補の順序が問題となる。そのうち、広島ガスからの給付金は、原告が本件事故により被つた損害を填補するという趣旨のものではないから、控除を先にすべきことは明らかである。被告による弁済及び自賠責保険による給付は、損失補償の性格を有すると考えられるから、本件事故の寄与度を定め、その後に控除すべきである。次に、労災補償給付は、被災労働者にできる限り完全な補償を政府により与えるという社会保障的性格から考えて、寄与度を定める前に控除するのが相当である。

五  抗弁1(一)記載の事実並びに同(二)記載の事実のうち、昭和五四年三月一日から昭和五八年七月末日までの広島日赤における治療費が金三〇〇万一〇五七円であること及び広島日赤における治療費は、全額労災補償給付により支払ずみであること、はいずれも当事者間に争いがなく、昭和五〇年五月二一日から昭和五四年二月二八日までの間の治療費が金二五六万八七九六円であることは前三7において認定したとおりである。また、抗弁2ないし4記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告が原告に賠償すべき額は、原告に生じた総損害額金四一二一万五六三二円から、労災補償保険から支払われた広島日赤の治療費金五五六万九八五三円、労災補償給付として支払われた休業補償金四三八万五三六六円、広島ガスから支払われた昭和五〇年夏期賞与分金四万四五三七円及び労災補償給付として支払われた障害補償年金等金四四〇万三八九八円を控除した残額の金二六八一万一九七八円の四〇パーセントである金一〇七二万四七九一円から、自賠責保険及び被告により支払われた岡本病院関係治療費金一四〇万一四二五円、自賠責保険から支払われた後遺障害補償金五〇〇万円及び被告から支払われた休業補償金四万一九六五円を控除した金四二八万一四〇一円となる。そして、この金額は、前述の損害の填補によれば、後遺障害による逸失利益以外の損害費目のものであることは計算上明らかである。

六  結論

以上のとおりであり、原告の本訴請求は、損害賠償金四二八万一四〇一円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年四月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤誠)

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